今週の喝 第632号 (2017.5.29~2017.6.4)

潜在意識の大活用・あなたが変われば全てが変わる

成功への道しるべ!この世は全て催眠だ375

 

     「理性vs感情……どちらが勝利?」
                                 
 
 先週は「恐怖心」はなぜ起こるのかについて、お伝えしました。その回答は、全てにおいて(心と身体)「礼節のないところに起こる最悪の感情」でしたね。
 もっと詳しく分析すると、恐怖心は感情の発露ですから、感情抑制をしてゆけば“勇気”が出てくると言えます。人間だけが持つ感性……それは、論理的に物事を捉えることのできる「理性能」を持っていることです。この理性能が限界を超えたときに起こる心の現象が「キレる!」です。つまり、人間は「理性vs感情」の中でせめぎ合っている生き物なのです。
 この理性能の限界はどのように決定されるのかというと、まさしく、現象に対する対処・対策を如何に臨機応変に用いる能力があるかにあります。それは、どのようにして習得するのかと言えば、できるだけ多くの事例を想定して、それに対応するやり方を学ぶことです。
 囲碁や将棋の名人は、相手のあらゆる手立てにどう対応し、その対応に相手がどのように対策を立ててくるかを想定することで勝敗が決まります。最近のコンピュータとの対局は、人間がコンピュータに如何に多くの情報をインプットし、その情報から演算される手立ての内で、どの手立てが勝敗の趨勢を握っているかをこれ又、演算によって求めることを繰り返すことで、段々勝率が上がってきます。それは、負けたことをコンピュータは記憶し、その対策をシッカリと捻出して対処に用いるのです。但し、人間と違って、コンピュータに勘違いや忘れるという、同じ間違いを繰り返す事はありませんので、時間が経るに従って、人間よりも勝率が高くなって行くのです。
 その昔、大ヒットした映画でアーサー・C・クラークスタンリー・キューブリック監督の製作した「2001年宇宙の旅」のコンピュータ「ハル」がそれを予言した存在として描かれていましたね。

 

★★「恐怖心」は礼節の警報装置!?★★

 話をシンプルにしましょう。
理性と感情が対決をすると、演算機能が働く理性が勝利することは分かっているのですが、その理性能には限界があって、その限界は“学ぶ”ことで上限をアップする事が出来るのです。また、人間には「勘違い」や「忘却」がつきまとい、それが学習を遅らせることも日常的に体験しています。
 そこで、昔より人間の持つ理性をより高度に発達させるために、我々は「学ぶ」ことでそれが可能であることを体験則より知りました。また、不思議な事に、「学びたい」と心を傾ければ、教えてくれるべき人「=師」が不思議と現れることも体験則の中から分かっています。則ち「邂(かい)逅(こう)」が起こるのです。この事については、後々にお話ししますが、キリストが「求めよ! さらば与えられん」と言ったことは、実際に数多く起こっています。
 このように、師を求め、師につくということは、その師に対してキッチリとしたバランス態勢(礼儀)を作り出さないと、師とて人間ですから“感情的”になり、人間関係の破綻が生まれます。そうなることは最悪であることを、我々人間は無意識に承知していますので、私が考えるには、礼儀を尽くしていない時には、その礼儀によって生まれるバランス感覚が揺らぎますその揺らぎを、潜在意識は我々自身に“恐怖”を警鐘として感じるように、天がシステム化したとすれば、総て辻褄が合います。
 もちろんこれは私の仮説ですが、実際に礼儀正しく人に接すれば、不思議と心は安寧化し、恐怖心が薄らいで正々堂々とした心……明鏡止水の状態になります。そして、その上に、人間が人間の尊厳である「約束を守る」行為を心掛ければ、そこにある人間関係に清廉さが生じ、より恐怖心が緩和されてゆきます。
 礼節……つまり礼儀と節度、もっと端的に言うと“礼”=人間関係に於けるバランス感覚と、“節度”=約束を守る義侠心が、相手に対しての恐怖を払拭してくれるように天(神)は我々を創造されたのです。
 これを、逆説的に解釈すると、恐怖心が生じたときには、私の行為・行動・思考から礼節が欠けていると解釈できるのです。我々人間は、個人的見解から見れば、恐怖心が心を満たした勇気のない自分が嫌になりますが、社会的見地から見ると、礼節のない人間ほど人間社会に迷惑な存在はありません。つまり、恐怖が心に生じたときは、社会や人間関係において、礼節が欠如している警鐘だと考え、今ひとたび、自分の思考行動に於ける「礼節」の在り方を見直せば良いのです。逆に言うと、勇気が出てくるときは(それが蛮勇ではなく)、自分自身、キッチリと礼節を守っていると解釈して間違い有りません。
 我々人間が「人前で上がる」という現象も、そこにシッカリとした予行演習や、礼節を保っていなかったために、自分の心が揺らぎ、理性を逸して感情的に乱れた結果なのです。
 さて、その対策は、催眠法にあるのです。

     この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/