今週の喝 第627話/04月24日(月)~04月30日(日)

 
 

「戦争誘発三大原則」


 有史以来、地球上から戦争がなかった期間は、通算するとたった6年です。人間の歴史とは、言い換えれば戦争の歴史と言っても過言ではありません。

 戦争が起こる原因……それは、大きく3つです。それは、

   (1)利益  (2)恐怖  (3)名誉

であると、古代ギリシャの将軍トゥキディデスは喝破しています。これに宗教、人種差別、領土問題が加わることで原因は多様化します。

 SCHOOLでも、人間のモチベーションの三大起因は、「憤怒、欲求、憧憬」と伝えていますが、その中でも憤怒は最も直接的に争いを喚起します。孫子にも「敵を殺すは“怒”なり」つまり「肉親や友人を殺された兵士は強い」と端的に言っています。これは、自分が大切にしていた人達を殺されたことで、自分の名誉心が傷つけられたと思うからです。

 「今頃、名誉なんて古いんじゃないの?」という声が聞こえてきそうですが、このような考え方は、現代教育によってもたらされたのです。

 つい最近も「教育勅語」が取りだたされ、暫し、国会でも議論が集中しました。私もこの機に教育勅語に何が記されているかを研究した結果、その内容は“素晴らしい”の一言に尽きました。

 しかし、その教育勅語にクレームを付ける議員達の弁償に私は唖然としました。それは「親孝行し、夫婦仲良く、兄弟げんかを慎み、友達を大切に……」と、人間の最低限の道徳が書いてある、これがいけないというのです。その論旨は、「このような考え方を強要するのは、人間の自由を侵害する物であるから、御上から指図されるべきものではない」というから驚きます。

 

★★人は「飼育」ではなく「教育」で育つ!★★

 

 森友学園問題が発端となった「教育勅語論争」ですが、私は教育勅語を再認識するのにとても良い機会だと思います。それは、今の日本人が如何に堕落しているかを知ることとなるでしょう。

 戦争の起こる原因は、明快です。さすれば、抑止することも明快です。しかし、それを、学ぼうとしない人間がいる限り、抑止は不可能となります。同様に、教育勅語に書かれている内容は、我々が勉強する(教育を受ける)必要性の根本的理由が明快に書かれているのですから、これを学ばなければ、秩序はなくなって亡者が増え、争いの種となる事は必定です。

 嘗て、私は「胡蝶蘭」の種を蒔いて、そのまま放ったらかしにしてみたことがあります。花は同じように咲くのですが、お祝いにもらう胡蝶蘭のように茎は真っ直ぐ伸びず、曲がりくねってしまいました。当然のことですが、売り物の胡蝶蘭は、茎に添え木がしてあって美しい形になるように人為的に手が施されているのです。同様に、人間も放ったらかしにしたら、人のモラルは身につきません。これは、「飼育」であって、「教育」ではありません。

 確かに現代社会は“自由”でなければなりません。しかし、我々人間は集団で生きる性質を持っていますから、“自由”によく似ていながら不愉快極まりない“勝手”ではいけません。

 教育の根幹は、この「自由と勝手の違い」を教えることが大切です。それは漢字で表すと“義”の一文字です。義の付く言葉……義務、義理、義勇、義士、義塾etc.数えたらキリが無いほどありますね。私は、この“義”の意味を超単純明快に「美しき人間関係」と解釈しています。ですから、教育勅語に記されている人間関係に関する記述は、全て教えられないと身に入ってこない内容です。

 親子、兄弟、夫婦、盟友など親しい人間関係こそ、「親しき仲に、礼儀あり!」のことわざが示すように、親しすぎて無礼になり、ひとたび亀裂が生じると取り返しの付かない状態にまで陥ってしまうのです。私も、多くの企業に携わってきた結果、企業が倒産したり、買収されたり、廃業する原因は、次の3つが主な原因でした。それは、

  (1)親子喧嘩   (2)兄弟喧嘩  (3)夫婦喧嘩

これに少し会社が大きくなると、社員の中に派閥が出来て、状態が拗れてゆくのです。そのようにならないためにも、教育勅語にある指摘は、明治23年の時を超えて、現代社会に徹底した警鐘を鳴らしている不易の法則なのです。

 催眠法では、「教育は緩慢な催眠!」と言われています。それほど、人間社会にとって教育は、天の法である「摂理」に則った事を教えなければ、やがて日本国自体が堕落し、自国一国も守れない烏合の衆の勝手集団となり、やがて周囲の野蛮国に蹂躙されるやも知れません。


この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/