今週の喝 第625話/04月10日(月)~04月16日(日)

人間は、なぜ戦争を止めないのであろうか?


 このような文章を書いている最中、4月7日にアメリカはシリアの毒ガス攻撃に対して、ミサイルを59発撃つ対抗措置に出ました。非常にきな臭い戦争の匂いがプンプンする世情に、第三次世界大戦の陰がちらつくように思います。

 誰が考えても、戦争はいけないこと!と分かるのに、どうしてこの世から争いがなくならないのでしょうか?

 先回、老子の最高の徳である「柔能く剛を制す」……つまり、この世の摂理は、堅く強い物よりも柔軟で柔らかい物の方が最後には勝利すると言う世間の観察から、最終的な結論「不争の徳」について書いたばかりです。

 今までの戦争は、老子はじめ世界の賢者達がその劣悪性を説いているにもかかわらず、無くなる兆しは一向に見えません。それどころか、第一次、及び第二次世界大戦の勃発要因を見れば、人間の何か何処か間違った見解や感じ方が、拡大させたように思います。

 調べてみますと、世界最古の戦争を紀元前1200年のトロイ戦争として、それから現在に至るまで、全人類の歴史の中で地球上から戦いが全くなくなった期間を合計すると、たった6年間しかないというのですから驚きます。また、日本がアメリカの黒船によって開国を迫られてこの方、近代160年間は、世界中で戦火の収まったことはありません。

 このような事情からでしょうか、ユネスコは日本の江戸時代を歴史遺産にしては、という案が出たと聞きました。そのわけは、江戸時代の約260年間、これほど戦いもなく平和な世が続いたことは、世界の歴史を見ても他に類を見ない偉業だからです。

 徳川家康が天下を平定して、初めて付けた年号は「元和(げんな)」で、その意味は、「ここより平和が始まる元とする」という願いを込めたと言われております。

 

★★「不争の徳」は夢物語!?★★

 

 人間は、戦争が悲惨なものと解っているのに何故止められないのか?

先ほど徳川家康の年号の話をしましたが、彼自身、平和を現実のものとするために多くの矢玉(戦)の中をかいくぐってきました。まさに、大きな矛盾……「平和を、勝ち取った」のです。つまり、平和をもたらすのに武力で制圧するという、強制での達成です。強制的に戦争排除したなら、平和立国建設も強制を伴うのは必定でしょう。なぜなら、民衆は心から平和の尊さを理解していないからです。

 戦争のみならず、今度2020年に私たち日本で開かれるオリンピックも究極を言えば、スポーツに形を変えた国家間の“戦い”です。根本的に我々人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものから“戦い”をなくすことは出来ないのではないでしょうか。何故なら、この世に生きる物は全てが「生存競争」……つまり、食べ物を食べなければ生きて行けない宿命の中に、食べ物の数が少ない時のために他者と闘争する心と身体を育んでいなければならないからです。

 大自然の掟の根本は、「弱肉強食」です。神は皮肉にも、我々生き物にこのような過酷な試練を託し、その試練の内から勝利者を優勢として生きる権利を与えたのです。その裏には劣勢とされたものの滅亡や隷属・使役が優勢を支えているのです。

 このように過酷な生存競争の中で、ある秀逸な種や知恵のある生き物は、「共存」出来ることを発見し、そこに生命サイクルともいうべき連鎖を作り出しました。しかし、知恵のないものや欲望に駆られたものは、「共存」ではなく「支配」の道を求めたのです。その根本原理は、支配の道には、厳然と勝者と敗者がいて、とりわけ勝者が味わう勝利感覚には脳内伝達物質(アドレナリンやドーパミンetc.)が催眠効果(快)を促し、たばこや酒、悪いところでは麻薬類と同じように、その感覚は更に大きなものを求める相乗効果が誘発されるのです。そして、その勝利感覚に浸った人間は、徐々に「自分が負けるはずがない!」と正常性バイアスで論理破綻を起こし、感覚麻痺が始まります。これは、先ほど述べた酒、たばこ、麻薬etc.嗜好品と同様に、止めようとすればするほど、「意思反作用」の法則が働いて、より強烈に求めてしまうのです。これが「禁断症状」です。

 これこそ、最大の催眠効果で、嗜好品がもたらす快楽的感性に、理性が負けてしまうのです。これぞ、催眠効果の為せる技で、最近の脳科学でも脳内伝達物質が、その人間の傾注した快感を増大させるように分泌されることが解ってきました。催眠とは、ただの現象ではなく、体内分泌される麻薬的物質をも制御することが明らかになってきたのです。

 戦争も、理性的発動を謳う裏には、このような麻薬的要素(=催眠効果)が横たわっている故に、我々人間社会から無くならないのです。


この続きは、来週のお楽しみ……('-^*)/